トップページ > ウインドラボ物語



ウインドラボ物語



私は、ウインドラボのエバンジェリスト。佐藤 浩義です。

ここでは、私がウインドラボを設立したきっかけと、今までの状況を淡々と
お話したいと思っています。



第七話 WINDLAB.NETプロジェクト始動

2001年の年末になると、次の協力者が現れた。

この協力者の助けも会って、WINDLAB.NETの下記の内容があきらか
になっていった。

1) ビジネスモデル
2) 契約条件
3) 必要な掲示条項
4) 私と、専門家の役割分担、役割に基づく実際面の違い

税務署などにも顔を出し始め、いよいよ始動した。


ところが・・・

私はうぬぼれていた。

必要なときには、協力者が現れた。まさに、「生徒の準備ができたとき、
先生は現れる。」とキヨサキ氏が言ったとおりだった。

ところが、なまじシステムズ・エンジニアであったがために、WEBを知って
いる積りになっていたのだ。このために翌年の8月まで、地獄のような日々
を迎える事になる。

届出的には、1月13日に始めた事になっているが、実際には、39歳の
誕生日の2月21日に開始した。

それまで準備が完全でなかったのだ。

また、B−Fletzの回線工事が大幅にずれ込み、4月になったことも予想
外だった。

とは言え、とりあえず始まってしまった。

1月に税務署に届出。

2月にいよいよ始動した事は、お話しした。

3月に青色申告会に入り、週末起業という言葉を知った。

4月に回線もきちんとした所で、いよいよ攻勢に出た。

5月27日 メルマガ広告に初挑戦。 −> 結果 まるでダメ。

6月6日  ネットアイランドに登録、バナー広告開始(12月まで)
      一発太郎であちこちに登録開始。

6月中旬  中小企業庁に相談に行く。

6月27日 プレスリリース 初挑戦

7月3日  プレスリリース 2回目

7月10日 JOCA入会

7月中旬  メルマガ広告に再度挑戦 −> 反応はあったが、今考えれば
                     ちゃんとした反応が有るわけ
                     が無いのは当たり前・・・

7月下旬  JABIRA登録
      玉木先生の本に出会う。プレスリリース 3回目

8月〜9月 協力者が現れ、指摘を受け、サイトデザインをなんども変更する。

10月中旬 友人の力を借りて、サイトを現在の形に変更。
      この時に、まだまだSクラドラントにとらわれていた現実を知る。

11月   週刊アスキーなどに記事が掲載される。

12月   プレスリリース 4回目、平先生、神田先生にならい、小冊子
      を作成するも、他の人の指摘通り・・・ほとんど反響なし。

      このように、失意のうちに、年をまたぐ事になってしまった。
      最初の年は、惨敗そのものだった。


第七話 終わり