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パソコンとLANのセキュリティー

ウインドラボのウェブ・マスターの語る
    パソコンとインターネット あれこれ話


第二話  仕事になったコンピューター・・・(社内システムの面倒を見る)

第二話は、本格的に仕事になってしまった、コンピューターについてです。

転職してから、しばらくはダム端末(要するにかな漢字変換のできないような
入力端末の事。最近では見かけなくなった。)で、3270のストリームを弄る
プログラムを書いていました。

が、やがてPROFS(Professional Office System)という、VM/CMS上で稼動
するメーリングシステムを使用する様になりました。

このVM/CMSシステムは大型汎用機のオペレーティングシステムの一つですが、
大変ユニークな機能を持っていました。

それは、一台の大型汎用機を、あたかも小さな大型汎用機が何台もあるかのよ
うに使用できるのです。この小さな汎用機一台一台が、CMSという対話型環境
(ようするに、キーボードと画面)を提供していたのです。

え? マウス? そんなものありません!

信じられない? かもしれませんねぇ・・・

私は一発でVM/CMSシステムが大好きになりました。だって、自分で好き勝手に
できるのですから!当時は、シリンダー単位(ハードディスク上で一回転で読
み取れる範囲を、1シリンダー(円筒)と言い、1シリンダー=1MBでした)
で磁気記憶装置(ハードディスクや、テープ装置の事です)を”借りて”使う
のですが、この1シリンダーが高いのですよ!

で・・・俄然、小さなプログラムで、データも圧縮して使うことを覚えます。

また、VM/CMSシステム間で色々な通信(LU6.1など)ができたので、今思えば、
クライアント・サーバーの様なことをVMマシン間でやったり、パソコンのデータ
をフロッピー(この会社では、ディスケットと呼んでいました。ビスケットみ
たいでしょ?)を郵送で送る代わりに、VMマシンにバイナリー(2進表記)で
アップロードしたり、ダウンロードしたりして、業務をしていました。
(決していつも遊んでいたわけではないですよ!)

その内に、海外のVMユーザーとVM/CMS上で交流ができ、必要な技術資料や、
新しい考え方を学びました。今で言うインターネット上のニューズグループ
がVM/CMSのコミュニティーには存在していました。

インターネットが登場する10年位前のことです。

だから、インターネット時代になっても、私は全く違和感がありませんでした。

BBSの世界でFidoNetに親しみ、会社ではVM/CMSで世界の同僚とメッ
セージをやり取りしていました。正直言えば、家と会社で全く同じ事をやって
いましたね。

現在とあの時の最大の違いは、回線スピードです。

コレだけは違います。BBSの世界では9600bpsから、14.4kbpsに移行中で、
28.8kbpsが独自規格で出始めていました。今では、最低で56kbpsですか?

大きな企業でも、トランクライン(基幹線)が、14.4kbpsでそこから9600で
マルチドロップというのが当たり前でした。なぜなら、一ヶ月60万円とか、
100万円とか一本の回線に維持費用としてかかったのです。

今ではこんな状況を考えられないでしょう。

そうこうする内に、パーソナル・コンピューターが上司の秘書さんだけでなく、
我々下っ端にも回ってくるようになりました。

新し物好きで、変に器用だった私が、部署でコーデネーターというパソコン&
配線係を命じられたのは、当然と言えば当然でした。

他の人は大型汎用機は知っていても、パーソナル・コンピューターは知らない
人ばかりだったのです。

私はコーディネーターであることをいいことに、会社に入り浸ってパーソナル
コンピューターを、まさにパーソナル(個人的)に使い始めたのです。

こうやって、コンピューターというのはどう動いていて、何をすれば壊れるのか、
何をすれば動くのか、よくわかるようになって来ました。

そして、「私は、神様見たいな人がいっぱい居る汎用機ではなく、この小型の
パーソナル・コンピューターと、パソコンと中の良い中小型コンピューター
(後に、オフコンと呼ばれる領域)をやろう!」と方向を定めたのでした。

そして、この領域でいっぱしの発言ができるようになっていったのです。
なぜなら、誰も手をつけなかったので、簡単に第一人者を名乗れたのでした。


第二話 終わり