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| パソコンとLANのセキュリティー ウインドラボのウェブ・マスターの語る パソコンとインターネット あれこれ話 第一話 その昔・・・私はコンピューターが大嫌いだった。 今では、5台のパソコンが家に転がっている(しかも全部稼動中!)私ですが、 実は、「コンピューター大嫌い」だったのです。 事は、学生だった頃に遡ります。 その頃、パソコンと言えばNEC PC9801Fか、PC8801、パピコ ンなんてものもありましたっけ? シャープやカシオもがんばっていたけど、NEC一人がちのような状態でした。 コンピューター研修と言えば、FORTRANでFLAGだとか、COMPI LE&GOなんだとかをやらされる毎日だったのです。 こういう緻密な作業が苦手な私は、次第にコンピューターが嫌いになっていき ました。 特にお金を持っている友人が、自慢げにPC9801を見せびらかすのも手伝 って、NECも嫌いでした。「坊主にくけりゃ、袈裟までにくい」です。 そんなこんなが重なって、大学院を滑った挙句に就職しました。 就職先にコンピューター関係はいくらもあったのですが、敢えて外したのです。 ところがです。人生とは皮肉なものです。敢えて外したコンピューター関係。 就職した先で担当した事が、「始めての中型汎用コンピューター導入プロジェ クト」実質責任者(!)だったのです。 人生とはこういうものです。このようにして、私は幸運の女神と自分の運勢に 導かれて、コンピューターと関る事になりました。 しかも・・・幸運な事に、一つのシステムを作り、スクラップし、リビルド するという、願っても無い経験をさせてもらったのでした。 関係者の皆様。ありがとうございました。このように生活できているのも、 あなた様のおかげです。感謝しています。 さて、最初の仕事で中型汎用機の業務システム(アプリケーションといいます) を構築し、スクラップし、リビルドした後、いっぱしの専門家を気取れるくら いのウンチクは話せる様になっていました。 ロータス123や、マルチプラン(Excelの前身)で、業務計画を作った り、中型汎用機のデータとパソコンのデータを連携させるなど、それなりの先 進的なこともやらせてもらいました。 で・・・飽きちゃったんですね。地方暮らしに・・・ そこでまことに身勝手な転職をしました。 その時に沢山の人たちにご迷惑をおかけしました。 ご支援ありがとうございました。 また、迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。 そんなこんなで、学生から実業に入るときに、敢えて外した外資系のコンピュ ーターメーカーに入りなおす事になりました。 私は自分の思う人生が手に入ったように勘違いして、はしゃいでいました。 運気も上向いていました。 次々に新しい友人を得て、DOS/V運動に身を投じました。 ぜんぶボランティアです。 NIFTYや日経テレコンで御世話になった皆様。お久しぶりです。 あの時、毒舌に嫌気をさした方が居られましたら、ごめんなさい。 若気の至りだったのです。 そして気が付けば・・・8台のコンピューターが、家にありました。 UNIXマシン x 1(UNIX研究用) DOS/V PC x 5(メイン、サブ、BBS、サーバー、テスト) ノートPC x 2(常時携帯、会社用) トークンリングLAN(16Mbps)をバックボーンLANに、全部のPC やUNIXマシンがEthernetと結びつくと言うような事を、「自宅で」 やっていました。 この当時ココまでやった私設の「研究所」を持っていた人はいなかったと思い ます。(一体いくらお金がかかったか・・・今でも思い出したくありません。) これが、「ウインドラボ」の由来です。まさに「ラボラトリー(研究所)」 だったのです。 BBSはインターネット前夜に一部で流行った、ファイドーネット(FidoNet) のノードの一つでした。日本語のファイドーネットの期間は短かったのですが、 私にとって「サーバー」を運用するとはどういうことか、他システムとの連携 とはどういうことか、遅延オンライン(ディレードオンラインともいいます) と、リアルオンラインの違い、などなど実地で勉強できた非常に貴重な経験 でした。 当然このような経験は、実際の仕事に物凄く役に立ちました。 システムトラブルや目新しいものに私が強いのは、このような実地経験を通して、 ノウハウを溜めてきたからです。 こうして私は、コンピューター大嫌いから、コンピューターの世界で飯を食う 様になって行きました。 第一話 終わり | |